銚子商業出身。2年生から4番に座り、夏の甲子園では、2本塁打を放ち、千葉県勢初の優勝にチームを導く。
1975年ドラフトで、1位指名を受け読売巨人軍に入団。現役時代は安打製造機として鳴らし、徐々に頭角を現し首位打者争いの常連となる。1981年、高校時代からの憧れ、阪神・藤田平と熾烈な首位争いを演じ1厘及ばぬものの.357の高打率を残す。その後1984年、87年と2度首位打者に輝いた。
1994年引退後は巨人の内野守備走塁コーチ、打撃コーチを歴任。
卓越した打撃理論と野球における守備の醍醐味をわかりやすく解説する。